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2004年 05月 05日 ( 1 )


2004年 05月 05日

アホと呼ばれて何故か嬉しくなる少数民族のディアスポラ

友人の有木宏二が電話でオモシロイことを言っていた。
彼は、ぼくが大阪市内の高校に通っていた頃のクラスメートで、現在、美術館の
キュレーターをしながらユダヤ美学の研究をしている。京大の大学院で『離散するユダヤ人』(岩波新書)などの著書のある小岸 昭教授に師事してから、実に
興味深い研究旅行をしては、いろんな話を聞かせてくれる。ちなみに、マルクス
兄弟やアインシュタインのユーモアの源泉である「イーディッシュの笑い」に
ついて教えてくれたのは、彼である。
この間は、小岸先生と一緒に中国の海府を訪れて 、シルクロードを辿って中国にやってきたユダヤ人の末裔に会ってきたのだという。残っているのは、たった
2家族。シナゴーグ(教会)もなく、教典もなく、もちろん権力を持つ聖職者も
いない。信仰しているユダヤ教の今のカタチは、単に彼らの心の中に宿る暮らしの規範だけ。宗教のイカツイ感じの角がすっかり取れて丸くなったオバアちゃん
の知恵に満ちた言い伝えという感じになっているのだという。そして、その事実にむしろ宗教の可能性が潜んでいるのではないか?と。
そんな話を聞きながら、ぼくが連想したのは、「離散する大阪人」ということ
だった。東京に生きていると、実に大阪人が多いことに気付く、話してみると、
みんな大阪時代を懐かしみ、「仕事があれば帰りたい」などという。
が、帰らない。ぼく自身も、土曜日の昼下がり、ホットプレートに乗った焼そばを食べながらTVの吉本新喜劇を笑って見ていた小学生の頃、こんな幸せが一生大人になっても続くもんだと思っていた。大人になって、仕事をしたり結婚して子供ができたりしても、この呑気な感じが続くもんだと思っていた。
ところが、である。大人になってからの大阪は、ぼくがしたい仕事をするには
不向きな街になっていた。手塚治虫や筒井康隆や多くの個性的な書き手を輩出し続けているにも関わらず出版業は不毛。ミュージシャンを生み続ける土壌があるのに、これといった音楽レーベルがない。吉本興業があるにも関わらず、TV番組の制作の中心は東京。かつては各種産業の中心地だったのに、80年代から本社の東京移転が進み、広告業界も一部を除いて元気がなくなった。デジタルの時代に突入しても、ソフト産業の盛り上がりには、欠けるといわざるをえない。
70年代の大阪は、テレビもラジオも大阪発のものが多く、『プレイガイド・ジャーナル』のようなカウンター・カルチャー色の強い雑誌もあった。小説家もミュージシャンも、関西に住みながら全国区で活躍する人が多かった。
要は「この街に住みながら面白い人生が重ねられる感じ」が濃厚にあったのだ。
それが、しかし、バブルの前後を境に状況は大きく変わってしまった。
そして、クリエイティブな業界を中心に大阪人の離散が始まったのだ。
人の離散は、文化や遺伝子の離散でもある。
60年代〜70年代にかけての、オイルショックなどを除けば、いまのような
先行き不安感はなく、安定した冷戦構造に守られていた頃の呑気な独特の大阪のノリ、アホと呼ばれて何故か嬉しくなる少数民族の遺伝子は、有形・無形問わず
今まさに、まき散らされている。
離散する大阪人。このコトバを追うと、なにか深い発見があるような気がする。
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by yasunari_suda | 2004-05-05 18:35 | 離散する大阪人