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2005年 07月 25日

あるカリスマの死

いまやもう大阪の下町にも少なくなった
昔ながらの 大阪出身のおとうさんとおかあさんだけでやっている
お好み焼き屋さんが、地元・経堂にあります。
その名は、ぼんち。
ふわふわ+さくっとした ここのお好み焼きは、
キャベツと小麦粉の芸術品。
コナモンと呼ばれる昭和の大衆食の奥の深さを教えてくれる
珍しいお店。
先日、ここの名物おかあさんが亡くなりました。
小さなカラダに溢れるほどのエネルギーが詰まった人で、
特に正義感とか反骨のエネルギーいっぱいの人。
店にあるTVのニュースで、いい加減な政治家とか、子供を虐待した
親とかの映像が流れると、もうスゴイ剣幕で、お客がいるのも関係なく、
「うちは、そういうのがイチバン嫌いなんや!」と、
猛然と大声をあげてTVに怒り毒ずくこともよくあり。
その反面、正月に仕事の都合などで帰省できなかった独身の若い男性などには、
「縁起物どうぞ」と、黒豆や昆布をさりげなく出すようなこともしょっちゅう。
豪快さと優しさが同居するたまらない人でした。
そんな人柄に引かれて、関西から出てきた人がたくさん集まっていました。
有名ミュージシャンも貧乏フリーターもTVタレントもお小遣いの少ない
サラリーマン父さんも売れてる役者も売れない役者も、いろんな人が、
有名・無名に関わらず、誰もが同じようにおかあさんに「あんた」呼ばわりされながら
お好み焼きをつついていたのでした。
まあ、言ってみれば。ユートピアです。
ぼくが考えるユートピアに近いカタチが、ぼんちにありました。
チトー大統領が生きていた時代の多民族国家・旧ユーゴスラビアが、
共産圏だったのにモンティ・パイソンのような風刺コメディが人気という多様性を楽しむ
ユートピアだったように、経堂のぼんちは、ユートピアでした。
おかあさんのカリスマ性は、ある意味、チトー大統領 のカリスマ性に近いと思っています。
このユートピアの感覚については、近いうちに機会を作ってわかりやすく書きますが。

妻と二人でお通夜へ。いろんな人が来られていました。
翌日のお葬式では、阪神タイガースのユニフォームと一緒に旅立ったと、
まだん陶房の李先生から伺いました。

コミュニティとは、案外、気軽に使ってしまう言葉ですが、
より深くコミュニティに関わるということは、時には言葉にならないほどの喪失感を
味わうということでもあると改めて感じさせられました。
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by yasunari_suda | 2005-07-25 13:58 | コミュニティ論


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