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2005年 03月 19日

他人にも自分と同じように快・不快があるという認識が始まった?

昨年の8月30日に生まれた娘の最近の大きな変化は、
「他人にも自分と同じように快・不快があるという認識が始まったかも知れない」
ということだろう。
2日前、仕事を終えて自宅に戻ると、初めての光景を目にした。
それは、うちの娘が、愛してやまない”おしゃぶり”をチュパチュパ吸っている時、
妻が娘に向かって「おかあさんにもチューチュー(=おしゃぶりのこと)ちょうだい?」
と何度かいうと、右手でおしゃぶりを取って妻の口に押し込み嬉しそうな顔をする。
しばらくすると、またおしゃぶりを妻の口から奪って、自分の口に持っていき、
安心しきった顔でチューチュー吸うのだが、
再び妻が娘に向かって「おかあさんにもチューチューちょうだい?」と言うと、
また右手でおしゃぶりを取って妻の口に押し込んで見せる。
これには驚いた。
ほんの少し前までは、赤ん坊だから仕方がないが、彼女が住んでいる世界は、
100パーセント自分中心の世界だった。
”おしゃぶり”や食べ物など、自分の快感原則を満たすものは、自分のためだけに
あるものだった。
それが少し変化を見せて、100%自己中心の世界が、99.5%くらいの自己中心に
変化しているように思えるのだ。
それには、ある前兆があった。
それは、一週間ほど前の夜中、
寝ていたぼくは、「痛っ!」という妻の絶叫で目が覚めた。
授乳中の妻が、ちょうど生えてきたばかりの娘の歯で噛まれたのだった。
「噛んだらアカンやろ!」と睨んでみせる妻。
母親の大声にビックリして、目を見開いている娘。
が、再び飲み始めると、また母親の乳首に歯を立てる娘。
「痛っ!噛んだらアカンいうてるでしょ?」と睨んでみせる妻。
母親の大声にビックリして、目を見開いている娘。
が、再び飲み始めると、また母親の乳首に歯を立てる娘。
そんな繰り返しが何度も続いた。
妻は真剣に娘を睨んでいる。
が、その時から、娘は一度もお乳を噛まなくなったという。
噛まなくなった理由は、単に「噛めば→怒られる→怖い→
不快→噛むのをやめよう」という条件反射的なものもあるかも知れないが、
これは、ぼくの想像だが、、
たった六ヶ月と少しの娘は、薄らとかもしれないが、
「自分が嬉しくて行った行為が他者(この場合、自分の母親)にとっては
不快かもしれない」と想像することを始めたのでは?ということだ。
それは、自分以外の他人にも快・不快があると理解する第一歩で、
「おかあさんにもチューチュー(=おしゃぶりのこと)ちょうだい?」
言われて、右手でおしゃぶりを母親の口に押し込み嬉しそうな顔をするのは、
他者の喜びと痛みを理解した上で行うコミュニケーションの行為の第一歩
なのではないか。

これまでのところ、娘が笑うのは、自分の快感原則が満たされた時が基本。
娘の辞書(そんなものがあるとして)には、「快感とは自分の快感である」と
定義されているのみだったから。
が、自分以外の他者にも快・不快があるという認識が始まったことで、
また新しい笑いの可能性が広がったと考える。

一家でブドリカフェ。ブランチの後、事務所の掃除&整理。
高橋さんと電話打ち合わせ。仕上がりが楽しみ。近所で夕食。
その後、放送作家の山名さんと「大根や」さんで軽く飲みながら、
いろんな話。
自宅に帰還後、電話打ち合わせ。その他。
コラムを書いている『QUICK JAPAN』を読みながら寝る。
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by yasunari_suda | 2005-03-19 02:19 | [笑育日記]


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