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2005年 12月 20日

年末の離散する関西人

昨夜は、
mix 「経堂系コミュを活用する」を中心とした忘年会。
太郎さんに30人近く、いい雰囲気で盛り上がりました。
一時は、カウンターの中にまで参加者が押し寄せるほど
楽しかった!

が、宴もたけなわの12時前、
突然、先に帰宅した妻から電話が。
忘年会が楽しかったらしくテンションが上がった
うちの子が、ソファの上で猫と遊んでいるうちに、
一瞬の隙をつき、落下。
TV台の角で打ったらしく、口の中が血まみれだという。
急いで帰宅、すると、痛さのピークは過ぎたらしく、
ヌイグルミを持って駆け回っている。
が、大人の鼻血くらいの勢いで血のついたティッシュが、
幾つも散らばっている。
ひぇ〜っ! 
妻が大蔵の小児科のある救急医療センターに電話したら、
「検査した方がいいので、すぐに来てください」とのこと。
太郎に乳母車を取りに戻り、ちょうどお開きだったので、
みなさんに挨拶をして、また帰宅。
すぐ病院へ。

最近、新しくなったという病院は、
昔のような暗〜いジメジメした、
経堂でいうと児玉病院のような、
待ち合わせにいるだけで、病気になりそうな、
そんな雰囲気ではなく、
まるで、昔で言えば『ママとあそぼう ピンポンパン』の
スタジオのような楽しいインテリアに囲まれていた。

静かな夜だったけど、救急車が何台も駆け込んでくる。
初め看護士さんに見てもらってから、
待つこと2時間、
診察室に通されると若い爽やかな感じの男のお医者さん。
これこれこうで、と妻とぼくが状況を説明すると、
子供の様子を観察しながら
真剣な面持ちで話を聞かれた後、
お医者さんは、口を開きかけた、
次の瞬間に出てくる言葉を絶対に聞き漏らすまいと
真剣に耳を傾ける私たち。
そんな先生の最初の言葉は、

先生「 関西の方ですか?

えっ?と思いながら、

我々「ええ、二人ともそうですけど」

と、続ける私たち。
言葉のキャッチボールが始まった。

先生「どちらですか?」
我々「わたしは天王寺の近くです」
先生「へぇ〜」
私「北田辺やんな?」
妻「どちらですか?」
先生「神戸です。でも、親は住吉(区)なんです」
妻「ご近所ですね〜」
全員「あははははは‥‥‥あははははは‥‥‥‥」
私「 この子、生まれたん、新世界ですよ 
  通天閣の200m北側

妻「ほんまなんです」
全員「あははははは‥‥‥あははははは‥‥‥‥」
私「愛染橋病院です」
全員「あははははは‥‥‥あははははは‥‥‥‥」

妙な関西ノリのふわふわ感が病室中に充満していた。

子供の検診の結果は、出血は完全に止まっているし、
傷も、前歯の上以外にはないし、大したことがないとのこと。
ただ、前歯の一本が少しグラついているので、
時間が経っても安定しないようだったら、
歯医者に行くように勧められる。
たぶん大丈夫だが、最悪は、永久歯が生える6〜7歳まで、
すきっ歯か、前歯一本なしっ子になるかもしれない。

が、関西ノリに包まれていた私たち夫婦は、
「それも可愛いな〜、
 そうなったら吉本決定やな〜」とか怒られそうなことを
いいながら、帰宅したのでした。

忘年会と、二次会の関西ナイト。 
ゆる〜く盛り上がった夜でした。
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# by yasunari_suda | 2005-12-20 17:22 | 離散する大阪人
2005年 12月 14日

元祖・日の丸軒

来年度の妖しい企画の打ち合わせで、羽根木へ!

これはかなり妙だな〜という企画の打ち合わせをする時、
大切なのは、打ち合わせの環境。
オフィスビルの会議室では気分がげんなりするし、
ファミレスでもアイディアは湧かない、
生ゲノムの事務所は、いつもいる場所なので、
非日常感が薄い、
経堂にはいい店がいろいろあるが、
が、しかし、ここはドカンとわけのわからない妄想をブレストさせてみたい時、
経堂から自転車で十数分、
羽根木の環七沿いにある「元祖・日の丸軒」なら、
まず、どんな妄想も小躍りしてフリチンでスキップすること間違いなし。
妖しいアイディアは、さらに妖しく。
いけないアイディアは、さらにいけなく。
クールなアイディアは、シベリアのツンドラのように。
脳味噌にアドレナリン充満。
料理は、中級ユーラシア料理。
シルクロード沿いのものを中心に幅広いメニュー。
西から東へ。モロッコのクスクス、ローマ風の包みピザから、
エジプトのコロッケ・ターメイヤ、各種・羊肉料理、各種カレー、ベトナム料理、
ウナギのサルティンボッカ などなど、非日常感スパイスたっぷりです。
ナンのもっちり感は、知ってる限り、近隣で随一だと思います。
ワインの品揃えも多く、100 年前の貴腐ワインから手頃なハウスワインまで。
オーナーのアンドレさんのキャラクターも選曲も最高。
たまに通わないと、大切な心のビタミンが切れてくる。
そんな不思議なお店です。
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# by yasunari_suda | 2005-12-14 16:47 | コメディライター旅日記
2005年 12月 13日

12月4日の週

【某日】
仕事中は、たいてい、FMを聴いているが、
このところは、やはり、ジョン・レノン一色。
あれから25年。
ジョンが死んで、約10年で東西冷戦が終わって、
日本はまだバブルの余韻に包まれていて、
政治的にも経済的にも悪くない感じが満ちていて、
なんとなくイマジンのメッセージが現実になった気がしたのも束の間、
冷戦終了後のオールタナティブなシステムの不在が、
民族主義や宗教の原理主義の過熱化を許し、
まるでパンドラの箱を開けたように、
戦争の火種が世界各地に飛び火するきっかけとなってしまった。
並行して日本のバブルも崩壊して、日本はマネー敗戦を体験する。
冷静時代には、比較的安定していた多くの地域でも
凄惨な争いが繰り広げられて、
9.11の同時多発テロで明けた21世紀は、
実は本格的に戦争の世紀になるのではないかとさええ思われる。
ちなみに、ある本によると、
20世紀は石油が戦争の原因となった世紀
21席には水が戦争の原因となる世紀   なのだという。

ところで、オノ・ヨーコの人物史です。

夜、中丸謙一郎さんと中丸事務所の川崎さんが、
浜田山からチャリンコで経堂へ。
「らかん亭」で怪しい本の打ち合わせ。
中丸さんのコンセプトは、かなり時代を串刺しにするものだと直感。
なぜか、打ち合わせ中にチ○ポという言葉が乱れ飛ぶ。
100回は乱れ飛んだが、
乱れ飛ぶ度に企画内容が熟成されていくような気がするから不思議。

後で、棋士の高野秀行さんも混じり談笑。

【某日】
ネットは、昔は毎日のように顔を合わせていた学校の友人や
仕事の同僚と再びつながる機会を与えてくれる。
この日は、
20代の前半、大阪のTV番組制作会社で共に働いた一柳裕規さんから連絡が。
以前、このブログにも書いた「虎の穴」のような会社の二つ年上の仲間です。
一級建築士としてお忙しくされておられるのに、
毎日、このブログを読んでくださっているという。
あの会社だけは、本当に凄かった。
なんせ、社長の拳のカタチというか痕跡が、ロッカーとか、壁の一部とか、
オフィス家具とか、およそ社長の拳よりも軟らかいところに、
ジュラ紀の地層にある恐竜の足跡みたいにつきまくっていました。
なかなか家に戻れずに、
一柳さんとアメリカ村のカプセルホテルに泊まったことなど思い出す。
あの会社にいたことで、コメディに対する感性が磨かれたことは間違いない。
そして、なんとも興味深い話を伺う。
ミナミか京橋のなんて事のない居酒屋で飲みながら話がしたくなった。
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# by yasunari_suda | 2005-12-13 15:22 | コメディライター旅日記
2005年 12月 12日

経堂系ドットコムを更新しました

11月21日に行った
遠藤書店 × 経堂系ドットコム コラボ企画
KYODO BOOK CAFE の報告です。

経堂西通りが誇る昔ながらの大阪お好み焼き屋さん
「ぼんち」の記事を追加しました。

あと、デザインもリニューアル中。
年明けからは、ネットTV/ネットラジオをスタートします。
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# by yasunari_suda | 2005-12-12 15:18 | コミュニティ論
2005年 12月 07日

甘ぼうの松茸ごはん

【某日】
コンビニ、ファミレス、チェーン店のファスト・フードなどは、味気ない。
コンビニやファスト・フード店で買うことが定番になった感のある
”お弁当”や”おにぎり”や”ハンバーガー”や”牛丼”なども
地元・経堂の個人商店で手に入れる。
この日は、おにぎりを買いにすずらん通り商店街の老舗・甘ぼうさんへ。
が、おにぎりではなく、旬の松茸ごはんを買いました。

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経堂の和風ファスト・フード です。

結構いいお店がありますよ。
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# by yasunari_suda | 2005-12-07 11:42 | コメディライター旅日記
2005年 12月 06日

親友が渾身の一冊を書いた

事務所で仕事をしていると、妻から弾んだ声の電話。
「すごいものが届いた!」と。
帰宅すると、高校時代からの親友の著書が届いていた。
5年前に那須から会津、安達太良山周辺にかけて、
圧倒的な紅葉に包まれながら温泉と蕎麦屋や山のレストランを巡り、
ドライブした時に書きはじめていると聞いていた。
レコンキスタ後の時代のスペイン(イベリア半島)に暮らし、
その多くが海外に生命の危険を感じて移動した改宗派ユダヤ人=マラーノの末裔、
そのうちの一人、西インド諸島生まれの印象派画家ピサロの物語。
「かなり、こだわっている」ということだったが、これはスゴイ。
これぞ、仕事だ!
まず表紙を見て、そして、目次へ、頁をめくってみると、
『逝きし世の面影』を初めて手に取った時のような深いものに包まれた。
まだ読む前ではあるが、
美術史的な成果(もちろん、ぼくは深くは知りませんが)だけではなく、
この書籍には、
自分の目やメディアを通じて感じられる歴史を懐疑的に透視するセンスや視点と、
メディアや政財界人の煽動によってアメリカ化すると言われる現在の
ニッポンの風景をも、また、懐疑的に透視するセンスや視点など、
21世紀をクリエーティブに生きるために必要な生きた情報も含まれているような、
かなり静かな興奮を与えてくれる一冊であることが伝わってきた。
「おめでとう」というひと言では言い尽くせない感慨というか感動というか、
生きていると良いことがあるなという深い気持ちがある。

10代後半からハタチくらいの頃、
一緒に日雇いのアルバイトをして貰った金で、
まだ風情のあった早稲田の古本屋を巡ったり、
中井と新井薬師の間の四畳半のアパートで
得体の知れない安いウイスキーを飲んで騒いだり、
下落合のファミレスでコーヒー一杯で
朝まで澁澤龍彦の話をしたり、
お互いが嫌なバイトを辞める際に「バイクで事故って」とか嘘の電話を
掛けて助け合ったり、
250ccのバイク一台で引っ越しを手伝ってもらったり、
いろんな思い出が蘇る。書き尽くせない。
長電話が主なコミュニケーション手段となった20代以降も色々あった。
やがて、温泉を巡る家族ぐるみの付き合いへ。
会話の内容も、若い時代のいま振り返ると青い微笑ましいものから、
会う度に濃い熟成度の高いものになっていたような気がする。
これまでに彼が書いた完成度の高い論文も読んできたけど、
こういう進化系を手に取ると、
思わず柄にもなく「相田みつを」みたいなことを言ってしまいそうである。

人生だなぁ        なんて

『ピサロ/砂の記憶』(有木宏二・著/人文書館)

ちなみに、著者近影の撮影は、うちの妻。
著者が戯れている足の悪い小さなハトは、
うちの初代・愛娘「ポーちゃん」です。
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# by yasunari_suda | 2005-12-06 12:40 | 離散する大阪人
2005年 12月 04日

経堂のギョウザ

アップしました。
経堂系ドットコムです。
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# by yasunari_suda | 2005-12-04 19:35 | コミュニティ論
2005年 11月 27日

ある日のパーティー

いつも番組やムービーや出版やラジオやWEBなどの仕事で
お世話になっているクリエイターさんや、
その他の色んな方々がやってくるパーティーを上馬のbar で行いました。
日頃の感謝の気持ちをハンガリー料理に込めて、
前夜から自宅のオーブンをフル稼働してみました。
ちゃんと作るのは、2年ぶりなので、プチ失敗を繰り返しながら、
なんとかカタチになったような気がします(ほんとかな?)。


焼いてます。
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まだまだ仕込み中です。
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お店に到着。盛りつけてみました。
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アングルを変えてみました。
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この後、ぼちぼち人が来はじめて、ほどなく満員に。
この日も、いろんな面白い人たちがやってきた。
棋士の高野秀行さんが、着物美人の編集長と若い編集者嬢とご来店。
ロンドンで何とかいう広告賞を受賞して戻ってきたばかりのジェフとモデルのような彼女。
役者さん、プロデューサー、各種クリエイター、ご近所の方々などなどの異人種の集い。
と、感動を呼ぶ差し入れの数々。
渋谷の道玄坂・清香園の社長であり、
経堂「まだん陶房」主催の陶芸作家・李康則先生から
豚のプルコギと3日前に穫りたてを漬け込んだ絶品キムチ(カクテキ)を山盛り。
いつもデザイン仕事などでお世話になっている西郷輝彦さんから、
いま、かなり手に入り難くなった幻の焼酎・村尾。
ありがとうございました。
深夜まで、30名くらいが、まったり、飲んだり食べたり喋ったり。
松尾貴史さんも加わり、午前3時まで、日本近代史の深いレアな話や芸人の話や、
「どうしてそんなことまで知ってるんですか?」な話など、あれあこれや。
姉歯一級建築士が関わっていた倒壊危険性のある建築物は、
また多数あるはずで、「氷山の一角」ならぬ「ヒューザーの一角」と、松尾さん。
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# by yasunari_suda | 2005-11-27 16:45
2005年 11月 24日

11月13日の週は


【某日】
午前中、遠藤書店・農大通り店で、以前から探していた本と出会う。
『啓蒙のユートピア』(第一巻)

他には、スターケルの『よい戦争』、つげ義春『貧困旅行記』、
有吉佐和子『針(しんみょう)女』、紀田純一郎『本の環境学』、
ジェイムズ・シュリーヴ『ザ・ゲノム・ビジネス』など。

午後、西郷輝彦さんが来社。
大里圭介さんとロゴや名刺デザインの打ち合わせ。
方向性が見えてくる。
ところで、最近、
西郷さんのブログの文章にはまっている。
いつも自然体の西郷さんの人柄そのものがにじみ出る言文一致の文体は、
骨があって、滑らかで、とても粋。

夜、頭にドライブをかけて、幾つかの案件を捌く。


【某日】
新しく立ち上がったキャラクター・アニメの原案仕事。
合間に勝新太郎が主演した『兵隊やくざ』

増村保造・監督は、第二次世界大戦後に起きたリアリズム映画のムーブメント、
ネオリアレズモの時代にローマ郊外のチネチッタ・スタジオに長期滞在して、
その伝説の映画作法を吸収した人らしい。
爽快なエンターテインメントであり、滑稽と悲惨が複雑に絡み合う絶品コメディ。
底流に流れる反戦メッセージも骨太。
いい映画。

夜、あるweb-site のサイトマップ+コピー一式を書き殴って完成させる。


【某日】
夕方、家族で、経堂5丁目に残る、湧き水の出る池を取り囲む原生林へ。
いつもは閉め切られているのが、今日は、一般にも公開されている。
トラスト運動をされている気のいいオバアさん二人が、とてもチャーミングで
いい気分になる。この辺りのお金持ちのオバアさん特有の妙なプライド感は、
見受けられない。もっと自分の筋肉で地面に立っている様子がする。
自分以外の何か素敵なもののために無償で時間と労力を割けるゆとり。
お二人の自然な豊かさのある笑顔と振る舞いを見ていて、
それが本当のゆとりある老後なのではないかと感じる。
こういう人たちは、国や企業が人工的に作った介護システムが充分でなくても、
子供や孫や、近所の若い人たちが、
“思わず顔を見たくなる&声を聞きたくなる”とか
“思わず多めに作った野菜の煮物を届けたくなる”とか
“車いす生活になっても思わず一緒に散歩したくなる”とか、
そういうことになるのではないか。
金や社会的序列よりも、現実の具体的な日常の幸福感に直結するもの。
それは、キャラなのではないかと長年に渡って考え続けている仮説の自説を
裏付けられたような気がする。

事務所に戻って、仕事を捌く。

夜、ご近所の放送作家の山名宏和さん宅にお邪魔。週末の晩ご飯。
かなりのレア・ルートで入手された新潟のお酒が絶品。
ちょっとこんなの飲んだことないぞ!という感じ。
いろんな話をして、ほろ酔いで、住宅地を抜けて帰宅。

CSの映画とドキュメンタリーを見る。

【某日】
バー・クローズドで、「カルト・コメディ・ナイト」と題したパーティー。
ぼくが脚本を担当した
『コミカル・イソッピィ』というCGアニメのDVDを
出してくださったソニー・ミュージックさんが、美味しい料理を用意してくださる。
CGクリエイター、メディア関係者、レーベル、その他いろんな人たちが、
40人ほど集まって、いい感じで深夜まで盛り上がる。
あの『菅井君と家族石』のプロデューサー、ドングリ・ソフトの竹内さんも
お越しになるなど、かなり濃厚な面々が、いい雰囲気で。
『スマ・ステーション』の生放送を終えた
松尾貴史さんも合流。
縦横無尽にクリエーティブな話が楽しかった。
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# by yasunari_suda | 2005-11-24 12:11 | コミュニティ論
2005年 11月 22日

NIZAN へ

農大通りの裏通りで1974年から営業していた
経堂伝説のcafe NIZAN。
蔦の絡まる古い町医者の建物は、外側も内側も雰囲気ありました。
数年前に立て替えに伴ってなくなり、
風の噂に麻布十番に移転したと聞いていましたが、
先日、西麻布の地中海料理を楽しんで、麻布十番に移動したところで遭遇。
一度、経堂・西通りのからから亭でご一緒したことのあるマスターとママさんに
お久しぶりにお会いしました。

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# by yasunari_suda | 2005-11-22 17:21 | コミュニティ論
2005年 11月 18日

亡命ロシア料理

『亡命ロシア料理』という愛読書がある。
仕事場の机の背後の本棚にいつも置いているので
座右の書ではなく座後の書である。
この本、1970年代、ソ連の時代にロシアからアメリカに亡命した
二人の文芸評論家が、祖国ロシアの料理を想って書いた本だが、
そんな二人の複雑な状況や心境が、
まるでジャック・タチのコメディのような”ほんわか”した、
それでいて研ぎすまされた文章に仕上げられているのが、
実に素晴らしい一冊である。

大好きな一節は、
「国際主義の理想がわれらの祖国で実現したのは、料理の分野だけだった」

ニューヨークで活躍を続ける二人のことを考えていると、
もう一人、亡命ニューヨーカーのことを思い出した。
その名は、ティ−ボー・カルマン。
彼が設立したデザイン・スタジオ M&CO. は、
実は、弊社・大日本生ゲノムのモデルとも言える理想的な会社である。

5年前の秋、ニューヨークに行き、ティ−ボー・カルマンの残り香を取材して
書いた文章を掘り起こしてみました。
ここです
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# by yasunari_suda | 2005-11-18 17:01 | コメディライター旅日記
2005年 11月 17日

個人サイトを熟成させること

この数日、あれやこれやの雑務の合間に、
個人サイトの構想を練っていた。
プロフィールのところに
ここ数年の主な仕事と仕事に関する考え方などをまとめ、
comedy
communication
community   
3つの項目は、新しい試みを紹介するスペースにする。
そして、日々、考えていることは、架空のbar の blog を作り、
そこでの対話をベースにアイディアを熟成させることにした。
new comedy  bar
new communication bar
new community bar   
ということになる。
今週末くらいから色んなネタを放り込みたいと考えております。
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# by yasunari_suda | 2005-11-17 16:21 | コメディライター旅日記
2005年 11月 11日

脚本を担当したCGアニメが放映開始に

いま流行りのドキュ・コメ。
ドキュメンタリー・コメディ。
ブタヅカといいまして、蟻塚のパロディです。
どうぞ、ご贔屓に。
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# by yasunari_suda | 2005-11-11 18:34 | コメディライター旅日記
2005年 11月 10日

経堂の幻のギョウザ

【某日】
近所の放送作家の小林さんと昼飯を食う。
場所は、経堂五丁目交差点近くの昔ながらの名店・北満飯店。
ペーマン・ハンテンと読みます。
昔から噂を聞いて探していたんだけど、経堂のことなら路地という路地が
頭に入っているぼくも発見できないでいた幻の店に小林さんのナビで。
ほんと。『ガロ』とかに出ていたような昔ながらの佇まい。
地に足のついたデザイン。
真っ赤なカウンタ−に座ると、映画のセットに紛れ込んだ気分になる。
厨房には、年配のオバさんが一人。
ビールを頼むと、キューリ に味の素をさっと振りかけて出してくれる。
化学調味料。が、しかし、昭和の香りと味である。いいんじゃないか。
オバさんが、タッパーから大きな、ほどよく発酵中の生地を取り出し、豪快に切る。
そいつを伸ばして、皮を作るのだ。
具を詰めて丸めて、これも昔ながらの円い黒々とした鉄鍋で蒸し焼きにしてくれる。
できあがったギョウザは、ちょっとビックリ。
ぶ厚い皮に漲るもっちり感。
北満というのは、北部満州ってことのようだ。
暖簾に「大陸の味」って書いてあったし。
具は、挽肉はゴロゴロ感が残っている、野菜もシャキシャキ感が残っている。
スープと一緒にもっちり皮のなかに閉じ込められている。
つまり、熱々のできたてを食べてみると、
もちもちはふはふもぐもぐしゃきしゃきじゅわ〜っ 
って至福のドラマが繰り広げられるわけですな。
たしかに大陸の味ですな。
店内には東北の言葉を話すオジサンが数人。
独特のドラマがありそうな、
一日でも長くやって欲しい貴重なお店ですね。
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# by yasunari_suda | 2005-11-10 21:33 | コミュニティ論
2005年 11月 07日

11月第2週のあれこれ と 経堂のラーメン 松原の抜け道

11月第2週

【某日】
今日は、損をしたような気になったり、得をしたような気になったり、
そんなジェットコースターの上にいるような一日だった。

昼下がり、妻から電話。
「きれいな虹でてるでぇ!」とのこと。
が、今日中に処理しないといけない案件が終わらない。
気がつけば夕暮れ時。
外に出たが、虹はとっくに見えなくなっている。損した気分。
その後、近所の100円ショップに。
すると、地元の文房具店の息子が文房具を買っているところに出くわす。
かなり得した気分。
アペルでコーヒーを飲みながら、いろいろ考える。
と、2003年の正月に書いたラジオ向け新作落語のことを思い出す。
やったことを完全に忘れていた。
ニッポン放送の森永卓郎さんの経済番組の新春特番。
地域通貨をテーマにした落語とコントのみで構成する60分という
実験的な番組だった。
そして、演じてくださったのは、われわれ70年代からの深夜ラジオ世代には
神様のような存在の笑福亭鶴光師匠。
これもかなり得した気分になる。
事務所で仕事が一段落した後、時計を見ると10時。
サウナに入ってここのところの疲れを癒そうと、少し離れた温泉の出る銭湯へ。
しかし、運悪く。この日は、一年に何回かある月曜・火曜の連休だった。
損した気分になりながら、買い物を家に届け、事務所へ戻る。
帰り道、太田尻家に寄ってしまう。
カウンターに野崎さん夫妻、稲垣さん。
東京タワーの話、韓国の食の話、歴史の話、ネコの話、酉の市の話、
見世物小屋の話、ものすごく涙もろい人の話など、めくるめく時間。得した気分で帰宅。
妻の映像編集をすこし見学して眠る。


と、ラーメン戦争が勃発している経堂で見つけた
珍しいラーメンです。
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と、松原の抜け道・けもの道です。
経堂の抜け道・けもの道は、こちら
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# by yasunari_suda | 2005-11-07 23:53 | コメディライター旅日記
2005年 11月 06日

◇11月第一週・週末あれこれ

◇11月第一週・週末

【某日】
朝から執筆&プランニング作業。
事務所着が10時すぎ。燃えるゴミの回収に間に合わなかった!
豪徳寺サクラベーカリーのタイ風焼きそばパンをパクつきながら仕事の態勢へ。
しかし、構想を練る際に読む本は、あんまり仕事とは関係ないように見える本。
『マヨネーズ大全』
『ひろい世界のかたすみで』
『民間防衛』
『韓国 仮面劇の世界』
『日本発狂』(手塚治虫)
J-wave を聴きながら、DJ喋りの紋切り型について考えながら、本を読みながら、
事務所をうろうろしながら、なにやら文章を書き殴っている。
昼間、事務所に経堂近辺の若い男の子・女の子が集まってくる。
うちの番組のロケで演技をするらしい。うち一人は役者さん。
それにしても、経堂近辺には、役者が多い。人材の宝庫である。
昼間、遠藤書店・農大通り店を撮影に使わせていただくので、立ち会い。
お世話になりっぱなしの店長さんに大感謝です。
夕方まで、仕事の続きをして、
「つきや酒店」でオススメのワインを仕入れて、上馬のbar closed へ。
今夜は、モンティ・パイソン・ナイト。
こんな本が出たのをきっかけにした、まあ、単なるゆる〜い飲み会ですが。
いろんな人が来て盛り上がる。
日本のパイソニアンなら誰でも知っている、あの田口重雄さんも来店。
深夜に、これまた第一世代の編集者・湯澤和彦さんとテーブルを囲み話の花が咲く。
感じたのは、東京12チャンネルの放送を既に子供ではない高校生くらいの時に
リアルタイムで見てパイソンに感化され、その後しっかり大人として仕事をされて
こられた第一世代の方々は、本当に話が面白い。特有の熟成の旨味である。
マジック・ナポレオンズ、パルト小石師匠の生マジックを見るという幸運に興奮して
いた人がたくさんおられました。


【某日】
近所のパン屋さんとカフェがくっついた店で家族ブランチ。
その後、事務所で、執筆&プランニング作業。
『読むことの歴史』を読みはじめる。
夕方から中野ブロードウェイへ。
子供が少し大きくなったら、ディズニーランドよりも、ここだ!
と、思ってしまう。
最近のデジタル映像機材の状況についてチェック。
ハンディカムの掘り出し物を一台手に入れて、新宿へ。
いま、写真とドキュメンタリー融合させた、エンターテインメント作品で
お世話になっている写真家・ジャーナリストの木村聡さんと会い、ハンディカムを託す。
この水曜日からガーナ経由でリベリア入りする木村さん。
生ゲノムは、そこで撮った作品をもとに、映像コンテンツを製作する予定。
かれこれ10年来の付き合いになる木村さんと、濃い時間。
最初は、定番の喫茶店NEW TOPS。最後は、浪漫房。
ベトナムやバルカン、特にジプシーと過ごした豊富な体験を持つ木村さんは、
いつ会ってもオモシロイ。
月島の昔ながらの長屋のご自宅には、さるグローバル企業の重鎮から
アボリジニーのオネエちゃんまで、幅広い面々が訪れるから、
人付き合いの多い我が家も太刀打ちのできないスゴさである。
日本中の漁師に友人・知人がいて、マグロ漁船やスケソウダラ船、 
どこかのツキンボ漁の船など、あらゆる漁の現場をこってり取材して、
どんなグルメ評論家よりも現場の漁師に近い“生魚”を味わってきた木村さんは、
嵐が近づく大揺れの漁船の上で、バクバク飯を食える才能の持ち主。
こんな著書もあります)
話していると、世の中のグルメ評論すべてが浅薄な気がしてきてしまう。
世の中の食材にウマい・マズいの序列を付けることは野暮じゃないのかと、
思えてくる。
いちばんウマいビールは喉が渇いた時のビールで、
あの沢村貞子も客人を手料理でもてなす時は、
「わざとゆっくり作って、相手を空腹にさせると、みんな美味しく食べてくれる」と、
あるエッセイ本に書いていた。
木村さんが最近取材した築地の一流といわれる寿司屋のオヤジは、
「この店で美味しく食べるにはどうしたらいいか?」というライターの質問に対して、

「腹をへらして来い」

と、これ以上ないほどの正しい男前な言葉を発せられたそうだ。

そんな話をエスカレートさせるうちに、実は、いちばんのグルメは野生動物なのでは
という気になってきた。
たぶん、そうだと思う。いちばんウマいサバを食っているのは、近海のマグロだ。
いちばんウマい秋鮭を食っているのは、北海道のヒグマだ。
いちばんウマいモツを食っているのは、ライオンだ。
そんな正論に達した素敵な夜だった。
ズワイガニ漁船に長期間乗り組む漁師たちは、漁のはじめは、
東京だと目の飛び出るような末端価格のズワイガニを刺身にしたり焼いたり茹でたりして
食っているが、少しすると飽き、市販のなんて事のないルウが渦巻く、
カレーの鍋にジャガイモやタマネギと一緒に無造作に放り込むのだという。
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# by yasunari_suda | 2005-11-06 23:50 | コメディライター旅日記
2005年 11月 05日

11月の第一週あれこれ

◇11月の第一週の日記&雑記

【某日】
朝から晩まで、いろんな原稿を五月雨式に書く。
ぼくのモノを書く脳みそは気まぐれだ。
こういう職業の人間は、概ねそんなものかも知れないけど。
たとえば、FMを聴いていると色んな曲が流れるわけなんだけど、
コメディの脚本を書いている時に相性の悪い曲がある。
または、コメディのアイディアを書いている時にはいい曲が、
コメディの評論を書いている時には合わない、なんてことがある。
事務所で行き詰まると、経堂近辺の喫茶店・カフェをノートPCを持って漂流する。
2年前の夏までは、街路樹という素晴らしい昭和の喫茶店があった。
パパさんが映画の元カメラマン、ママさんが成瀬巳喜男の『浮き雲』にも出演している
元・女優さん。雰囲気のある、コロッケ定食とハンバーグ定食が最高の店だった。
そこで、挽きたてのサービスコーヒー350円を飲みながら随分と仕事をした。
いまは、マレットかアペル。
そんなこんなで22時頃まで頭を動かし続け、書きまくる。
もう限界と思って、グダ〜っとしていると、山名宏和さんから電話。
ちょうど都心で仕事が終わったそう。
経堂の改札で待ち合わせて、久しぶりに八昌!と思ったが、満員のうえに待っている
お客さんもいるそうで、太田尻家へ!
ウマいものを食べながら、ウマい酒を飲みながら、
発想の話、仕事の話、その他の四方山話をして。一日を締めくくる。

【某日】
CGクリエイターの小野さんが自宅に遊びにくる。
アメリカの映像フェス「シーグラフ」にも入選したことのある
飄々とした実力派。まだ20代!
出前の寿司をつまみながら、うちでこの2年ほど盛り上がっている
キャラクター・コメディ製作の相談。
来年の2月〜3月のパイロット版完成を目指す。
ひと通り話した後は、鼻水を垂らしながらヨチヨチ歩く子供を
話のネタにしながら、焼酎を飲む。

【某日】
新しく作った個人ホームページの内容を少しづつ構築している。
90年代の中頃以降に書いた原稿をアルバイトのA君にデータ化してもらい、
これからwww.yasunarisuda.comでも読めるようにする準備。
この10年くらいに書いたものを並べてみると、自分史のようなものがわかって面白い。
いまの仕事が、過去の流れを前提に成り立っていることがよくわかる。
要するに、「種まき」というものが大切なのだ。
いま大日本生ゲノム社では、コメディ的な映像製作を幅広く展開しているが、
その前提として、
20代前半の虎の穴のような会社の武闘派の社長の下での映像修行があった。
この会社での体験は、いまのあらゆる活動の実務処理の基本になっている。
「9時→5時(ナイン・トゥー・ファイブ)」の会社だと紹介されて、
コメディを書くことと二足の草蛙を履こうと入社したら、
「9時→5時(ナイン・トゥー・ファイブ)」は「9時→5時(ナイン・トゥー・ファイブ)」でも、
朝の9時から翌朝5時も誇張ではないというほどの会社で。
「クリエーティブのグリーンベレーとかロボコップみたいになれっ!」と檄を飛ばされ、
回し蹴りや水月近辺への突きに時には意識を失いながら、
企画から台本作成から映像演出の基本、まだHIー8だったハンディ・カメラの操作などの
あらゆること、編集機の操作を含む編集、
番組予算の立て方や経理処理のあらゆること、手形の怖さ、
大阪の老舗飲食店の味やサービスやそこでの立ち居振る舞い、
一流ホテルをビジネス戦略に組み込むこと、芸能界の表と裏、そして英語の能力などを
これ以上ないほど濃く急速に吸収した時期だった。
8歳から18歳まで水泳を中心に培った体力は、そこで全て使い切ったような気さえするが、
あと、モンティ・パイソンを軽々と超える不条理という貴重な経験も。
いまとなっては、大学を早々に辞めて体験しておいて良かったと思っている。
なんせ、朝5時まで仕事してそのまま事務所のソファに倒れ込んで寝ていると
5時まで一緒に仕事していた社長が2時間後の7時に出社してきて、
「なに寝とんねん!」と怒鳴るような環境でしたからね。
「いえ、さっきまで、2時間前まで仕事して寝てないんです」と言い訳すると、
「昨日の仕事をひきずるな!いつも教えとるやろ!」と返ってくるようなというような。
いろんな会社のブランディングやマーケティングに関わることもあるが、
その前提は、会社員としてコピーライターだった頃の経験だろう。
また、経堂系ドットコムという地域密着サイトを趣味でやっているが、
博報堂の『広告』という雑誌の取材で、現代の地域通貨を語る上で欠かせない
重要人物マイケル・リントン氏にカナダのバンクーバー島に会いにいったことも大きい。
リントン氏が、我が家にハンガリー料理を食べにきたのも良い思い出だ。
その他、仕事や遊びを通じて出会った人や書籍やその他の情報が、
数年から十数年を経て、熟成されて、仕事に支える筋肉や知恵やエネルギーになる。
そんなことを考えながら、夕方、妻と育児をバトンタッチ。
夕方から子供と1対1 で過ごすのは、 平日では、週に2回。
子供の行動の変化と進化を読むのは、エネルギーが要るが面白い。
子供は自分よりもエネルギーがある。
ちょっと気を緩めると、負けてしまう。もしくは、いちばんオモシロイ瞬間を見逃してしまう。
或る意味、子供は、大人よりも複雑な人間だ。
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# by yasunari_suda | 2005-11-05 13:04 | コメディライター旅日記
2005年 10月 29日

農大収穫祭の笑い

小雨が降ったりやんだりの土曜日。
久しぶりに、仕事の脳みそをオフにして、
家族で、世田谷線に乗って、東京農業大学の収穫祭へ。
すると‥‥‥

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# by yasunari_suda | 2005-10-29 17:30 | コメディライター旅日記
2005年 10月 24日

まあ、ええがな の こころ

いま、全部で750頁にも及ぶ英語のコントの台本の
翻訳作業に取り組んでいます。
三分冊で来年の春くらいまで、ゆる〜く濃く関わっていく、
そんなお仕事です。
で、これは昔からそうなのですが、濃い仕事をすればするほど、反動で、ゆるいことをしたくなります。

最近はまっている本は、
森村泰昌さんのエッセイ集『「まあ、ええがな」のこころ』(淡交社)
ちなみに遠藤書店・農大通り店で出会いました。
実は、ゆるいだけではない、森村さんの創造の秘密が行間から
垣間見えるようにも思え、同時に様々な人生への卓見が詰まった
本なのですが、これが、ジャック・タチの映画にも負けない
なんともいえない笑いどころが、ほどよく満載。
何度も繰り返して同じところを舐めるように読んでしまいます。
オススメは、83頁からはじまる「まあ、ええがな」です。
ネタをそのまま書くと、これから読まれる方の楽しみを
減らしてしまうので、やめときます。
森村さんは、大阪の鶴橋の近く、天王寺区側の細工谷に
生まれ育って、鶴橋のJR西日本・大阪環状線の高架下に
仕事場があるそうです。
高校は、大阪の陣の時に真田幸村が陣地を築いたという
真田山公園の側の高津高校。
実は、ぼくが三年間を過ごしたのが、
そこから歩いて5分ほどの清水谷高校。
戦後まで府立第一高等女学校と呼ばれていて、
戦後の男女共学化の時に、高津と清水谷、
学生を半分ずつ入れ替えて、戦後の府立高校としての
スタートを切ったという歴史があります。
なので、この辺りの土地について語る森村さんの文章は、
目から読んでいるはずなのに、肌を通して、染み込んできます。
この本を読んでいて笑いながら思い出したのは、
たとえば、83頁からはじまる「まあ、ええがな」は、
緑茶商を営む森村さんのお父さんの日常のエピソードを
「まあ、ええがな」という口癖に絶妙にからめて
書かれているのですが、
「こういう、森村さんのお父さんのようなおっちゃん、
そういえば、そこここにおったな〜」ということでした。
天王寺区の真法院町から旧・南区の安堂寺町あたりに至る、
上町台地の北側を中心としたエリアに、
濃厚に、こういう方がおられたような気がします。
学校の先生とか、近所の食堂のおっちゃんとか、
友達の親とかおじさんとか、いま思えば、おもろかったな〜。
みんな「まあ、ええがな」の心を持っていたような気がします。
「まあ、ええがな の こころ」
意外とこれから大事なんじゃないか、という気がしています。
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# by yasunari_suda | 2005-10-24 21:21 | コメディライター旅日記
2005年 10月 18日

モンティ・パイソンの中に「プロフューモ事件」という言葉が

モンティ・パイソンの翻訳に関わっていて、
たまに強く感心するのは、コメディにおけるサンプリングの手法の妙です。
あらゆる表現の分野で、もはやオリジナルなものは存在しない、と言われはじめて
随分と年月が経っているわけですが。
人は相変わらず、人が作ったものに感情を動かされてしまいます。
そんな感動を呼ぶ創作物には、サンプリングの妙が潜んでいることが多いのです。
モンティ・パイソンを見ていると、
たまに、明らかに濃厚なレギュラー・キャラクター以外の、
濃厚なキャラクター(人物)が、ニュース映像や台詞中のワン・フレーズとして
登場することがあります。
最近、濃いな〜と思ったのは、ジョン・クリーズがアフレコをしたキチ○イじみた
キャラの抗議の手紙に登場するプロフューモ事件という言葉。

時は、1963年、
事件の主役のプロヒューモさんは、三十八歳でマクミラン保守党政権の陸軍大臣を務め、
未来の首相候補とまでいわれた世襲の貴族でした。
この人が、ロンドンのナイトクラブで、
キーラーという名の高級コールガールを買ってしまいました。
まあ、そこまでは、単なる下半身スキャンダルなのですが、
ところが、そのキーラーさんは、当時のソ連の諜報員だったのです。
まるで、スパイ映画のようですが。
世間的には、英国陸軍の最高機密がソ連に流れたと言われています。
が、実際のところは、国家機密を漏らしたのかどうかは、ハッキリしていません。
が、
プロフューモさんは、議会で「この女性と関係がありましたか」と問われたときに、
「そんなことはなかった」と嘘をついてしまったのです。。
事件後、プロフューモさんは嘘をついた自分を探く恥じて、
先祖から受け継いだ莫大な財産と地位を投げうって、
ロンドン東部の貧民街のイーストエンドに住みついて、貧困や病気に
喘ぐ弱者のために奉仕活動を始め、ずっと続けたんだそうです。
その事実を知った女王陛下が、プロフューモさんが70歳を越えたときに、
「嘘をついた罪は大きいけれども、あなたは充分に罪を償いました」と、
救いの手をさしのべたそうです。
しかし、プロフューモさんは、
「いいえ、嘘をついた罪は許されません。私は一生かけて償いたいと思います」
と、そのまま今も、亡くなっていなければ、イーストエンドで働いているのだそうです。

調べてみると、すごい話が隠れていたりする。
こういうサンプリングの妙を発見すると、
やっぱり、『ゲバゲバ』や『カリキュラ』じゃ物足りなくなります。
そして、こんなコメディを自由に作ってみたいという衝動が増幅します。

そして、TVのニュースで日本の政治家の顔を見ていると、
嫌になりますね。
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# by yasunari_suda | 2005-10-18 21:17 | コメディの技術
2005年 10月 17日

サイト(仮)オープンしました

今週と来週くらいで、ちゃんとしたいと思います。

www.yasunarisuda.com
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# by yasunari_suda | 2005-10-17 11:01 | コメディライター旅日記
2005年 10月 11日

モンティ・パイソンの またもや決定版本、遂に出ました!

モンティ・パイソン正伝!
百夜書房から!
メンバーのインタビューを中心に452ページ!
これまでに出たパイソン本ではイチバン分厚い!
そして、メンバーの証言がイチバン生々しい!
解説は宮沢章夫さん!
帯の文句が小気味いい!
ファンでなくても必読!
榎本さんと奥山さんの驚異の知的なガンバリで日本版が生まれました!
ほんと、お二人にはアタマが下がります!
監修者ではありますが、
ぼくは周辺でウロチョロしてただけ!
なんだ今の”!”マークは!?

とにかく、書店へGO!
もうすぐ並ぶぞ!
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# by yasunari_suda | 2005-10-11 13:44 | コメディライター旅日記
2005年 10月 10日

新しいお酒ブームから考える笑いの技術

先日、
落語に詳しい放送作家の小林さんと経堂の鳥へいのカウンターで飲んでいると、 
「トマトのお酒」ってボトルがありました。
ちょっとお洒落っぽく、女性層を意識したデザイン。
ちなみに、すっきりした飲み心地とか。
最近、果物や野菜など、いろんなものがお酒になっています。
グレープフルーツの発泡したお酒とか、
焼酎でも、ジャガイモ焼酎、ワカメ焼酎など、いろいろです。
(昔からあったんものもあるかも知れませんが)
そこで、
どんな材料のお酒があったらバカっぽいか?
という話になりました。

「キノコのお酒」
→変な酔いかたしそうです。

「ウドのお酒」
→う〜ん、微妙。
わざわざ仕事の疲れを癒すために飲みたくないような。

「カイワレのお酒」
→これも、微妙。

「ニラ焼酎」
→BGMは、軍歌ですかね。ジャズは、まず合わなさそう。

「カリフラワーのお酒」
→意外と飲んでみたい気もする。

「じねんじょ焼酎」
→器には凝りたいですね。美味そう。

「ポマトのお酒」
→熟成すると変な方向に行きそうな気が。

「小松菜のお酒」
→下町で飲むにはいいかもしれません。炙ったイカにあうかも。

「ずいきのお酒」
→う〜ん。

「泉州水なすのお酒」
→だんじりの季節に飲むと暴れたくなること請け合い。
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# by yasunari_suda | 2005-10-10 16:33 | コメディの技術
2005年 10月 08日

ステルス戦闘機から考える笑いの技術

見えない戦闘機・ステルス戦闘機の映画が公開されました。
見えないというのは、実際のところは、相手のレーダーに
映らないということです。
が、厳密なことはさて置いて、
「見えない戦闘機=ステルス戦闘機」という世間一般に
認知される紋切り型は、格好のギャグ発想の素材です。
ステルス戦闘機は、
?ステルス ?戦闘機 という前半部分と後半部分から
成り立っています。
「見えない」というイメージのある?ステルス は、
そのままにして、
?戦闘機 を別の言葉に置き換えみましょう。
別の言葉を選ぶ際の基準は、
「これが見えないなんてキモイor困るor信じられないorえ〜?」
みたいなリアクションが期待でるものを、
まずは基本としてみると笑いを呼ぶ素材を発想できるかも
知れません。

ステルス募金
ステルスくさや
ステルス納豆
ステルス野口屋(リヤカーで売り歩く豆腐屋さんです)
ステルス部長
ステルスアイパー
ステルス法案
ステルス財団
ステルス家政婦
ステルス東海村
ステルス都知事
ステルス尿素配合
ステルス教団
ステルス唐辛子
ステルス屋台
ステルス闇金融
ステルスマーケティング
ステルス新世界
ステルス沖ノ鳥島
ステルス団地妻
ステルス占い
ステルス救急車
ステルス霊柩車
ステルス共和国
ステルス人民共和国
ステルスホスト
ステルス農協
ステルス民営化
ステルスニート
ステルス記念日
ステルス熟女
ステルスロマンポルノ
ステルスもみあげ
ステルス増毛
ステルス自慢

今日は、まあ、このへんで。
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# by yasunari_suda | 2005-10-08 02:21 | コメディの技術
2005年 10月 01日

アラブ世界の楽器ウードを経堂で

木曜日の夜。
経堂西通りのマレットで珍しいライブを家族で見る。
アラブ世界の楽器ウード

スペインのフラメンコ・ギターのコラボ。
ウード奏者は常見裕司さん
息づかいが伝わる、ほどよい広さの空間で贅沢な体験。
ウードは、トリップさせてくれる楽器だな。

曲が終わる度に鳴り響く拍手を1歳一ヶ月の娘が、
「は〜い、だぁだぁ」と、自分への拍手だと勘違いするので、
「おまえとちゃうっちゅうねん!」と関西弁で突っ込んだ頃、
阪神がリーグ優勝を決めていた。
この夏に亡くなった経堂の本場大阪のお好み焼き屋さん
「ぼんち」のお母さん、きっと天国で喜んではるな〜。いい夜でした。
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# by yasunari_suda | 2005-10-01 22:46 | コミュニティ論
2005年 09月 28日

トドカレー と 横浜トリエンナーレ2005

横浜トリエンナーレ2005 に10年来の友人、
米田知子さん が出展しているので、家族で横浜へ。
元町・中華街で アーティストの吉岡紳行さんと合流して、山下埠頭の先端へ。
この日は、関係者だけのオープニング。
いろいろ見て回る。
売店のクサマヤヨイのポストカードの前で
テンションをあげる娘。う〜ん。微妙。

米田さんの旦那さんのジョナサン・バーンブルックが紺色の 人民服を着て登場。


イギリス人のカレー好きの中でも彼のカレー好きは相当。
毎日カレーでもいいと豪語する。
東京のカレー屋さんは、ぼくよりも詳しい。
いつも「どこそこのカレー・チェーンは、早朝サービスで、
唐揚げトッピング無料」とか教えてくれるほど。
そこで、
ライジングサン・ロックフェスで訪れた北海道で買ってきた
「トド・カレー」をプレゼント。
sea lion curry (=海のライオン・カレー)である。
2つ買ってきたが、勇気がなくて、まだ食べていない。
まずは彼の批評を聞いてみよう。

山下埠頭を離れて、 吉岡紳行さんのナビゲーションで中華街へ。
ちょいと裏通りのオススメのお店に入る。
いい感じで薄味の中華を食べながら、いろんな話。
淋病の菌は、体温が39度以上になると死ぬので、
高熱を出すのが治療なのだとはじめて知った。
知ってどうなるというものでもないんですが。
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# by yasunari_suda | 2005-09-28 20:10 | コメディライター旅日記
2005年 09月 27日

「意識の流れ」とユートピア

10月か11月には出るらしいモンティ・パイソン本の監修作業の一部として、
『モンティ・パイソンズ・フライング・サーカス』に埋め込まれた「意識の流れ」というコンセプトを踏まえながら、この奇跡のコメディが
生まれた背景や理由を考える文章を書いた。
いろいろ熟成するうちに、1万字くらいになってしまった。

文章をまとめるためのキーワードは「ユートピア」にした、というか、
そうなった。
そして、もう一つのキーワードは、「仮想(=ヴァーチャル)」である。
実は、書きはじめる前までは、英国のコメディ史を中心に書こうと考えて
いたのだが、一旦、考えはじめると、「意識の流れ」というのが、実は、
学問の現場で交わされるだけの閉じられた世界のキーワードではなく、
いま最も重要な開かれているべきキーワードの一つではないかと強烈に気づきはじめた。
2001年に博報堂から出た、私と肝臓のガンマ値が2300までいった
記録を持つ才人、中山ゆーじんさんによる翻訳本『ファンキー・ビジネス』

の中に「ネット空間は、第七の大陸である」という一文があったが、
脳科学者の茂木健一郎さん
の文章や発言にインスパイアされながら考えてみると、
「脳とネットの融合空間が第七の大陸である」というようなことだろうか。
私は学者ではないので、その道のことは素人流にしかわからないが、
ただ、
『モンティ・パイソンズ・フライング・サーカス』を「意識の流れ」という
キーワードから考えた時、「意識の流れ」ということを体現したコメディが、
仮想空間に花開いたユートピア、それも現実世界を浸食することさえある
究極のユートピアだということに、直感的に閃いてしまったのだった。
というようなことを1万字かけてまとめたのが、前述の文章だった。
10月の終わりか、11月には、本が出ると思います。
(結局、宣伝かよ!と突っ込まれるかも知れませんが)

この文章を発想できたことは、自分にとって、かなり大きなことである。
これまで、モンティ・パイソンについて色々と書いてきたけれど、
ようやく自分でも納得のいくカタチで、
モンティ・パイソンを過去から未来へとつながる歴史的文脈の中に
位置づけることができたように思う。
それは、モンティ・パイソンの重要性を前にも増して感じられるようになったことでもある。
しかし、本当に考えていることを言葉にするには、1万字でも、全く足りない。
いろんなリサーチや勉強、閃きを重ねて、一冊は書かないといけないのではないかと思う。

この文章を書く際に、いろいろな偶然が重なったのには、非常に驚いている。
仮想とユートピアの二語が組み合わさるきっかけになったのは、
趣味で運営している地元コミュニティ・サイト、経堂系ドットコムだった。
3年ほどまえからやっていたのを、この4月から23歳のアーティスト、大里圭介さんにお願いしてリニューアルした。
そして半年ほどの間、前にもましてどっぷり地元に浸かっているうちに、
なんとかカタチもできてきたわけだが、
ハイペースの取材で二年先までグルメ記事を書けるほどのネタを備蓄して
写真を撮っているうちに、ある時、「現実のみで現実を変えることは稀である」ことを
強烈に体験したのだった。世の中、スーパーマンばかりじゃない、と。
その翌日に気づいたのは、コミュニティ・サイトを本当にオモシロクするためには、
現実と仮想の混合が必要だということだった。
そして、その時に考えたことが、前述の1万字のフィニッシュにつながっている。
そして、その1万字の中に、モンティ・パイソンを生んだ60年代という時代の
「意識の流れ」的な断面を説明する文章を引用したのだが、
それが、経堂に暮らして遠藤書店で本を買い執筆した、60年代〜70年代の日本の若者にサブカルチャーのドラッグ感覚を教えた、植草甚一さんの文章だったのだ。
実は、1988年、最初に経堂に住み着いたのは、
渋谷の今はなき大盛堂書店の2階か3階の階段脇の本棚で立ち読みした
植草さんの日記に経堂のことが書いてあったからだった。
その時すでに、植草さんはお亡くなりになっていたが、
植草さんの流れるような自由な生き方と彼が暮らした経堂に引かれるように、
西荻窪の南口から引っ越した。
今回の文章を書くことをきっかけに気づいたのは、モンティ・パイソンだけではなく、
植草さん的なものに潜む「意識の流れ」的感覚であり、ユートピア感だった。
そして、その感覚は、本を読んでいるだけではじわっと感じられないもので、植草さんと実際に交流があって、いろんな話をしてくださったハスキー中川さんのおかげが大きい。
また、ハスキーさんに紹介してもらって、遠藤書店の人たちと接するようになったことも。
おそらく、見えない次元でも、情報遺伝子が身体に入ってくるなんてことがあるのだろう。
19歳の若者だった自分が植草さんに憧れて経堂に住み、
いまのような生き方を始めるきっかけになったなんてことも、
現実と仮想が交錯した故のことだと考えると、すべてのことが「意識の流れ」的であり、
つながっているのだという気がする。
こういうことを意識化できたことは、今後、仕事と私生活の両方に大きな影響を与えそうだ。
というか、もうはじまってるぞ。
10月の末までに、ぼくが関わっているweb-site が、ガラリと変わる兆しを見せます
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# by yasunari_suda | 2005-09-27 11:44 | コメディライター旅日記
2005年 09月 20日

ギネスを飲みながらホロ酔いで

8月に札幌で行われたライジングサンロックフェスで、
コメディ好きの脳科学者・茂木健一郎さんと
ギネスを飲みながら好き勝手なことを喋っていました。
既成メディアやその他ふつうならタブーなことを話題に
すればするほど盛り上がる変なお仕事。
忘れていた頃に、ネット上で発見。

石狩川河口の原野に若者が6万人。
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# by yasunari_suda | 2005-09-20 15:46 | コメディライター旅日記
2005年 09月 13日

経堂のニラ玉

経堂系マガジン 新しい特集です!

経堂系ドットコム

直径30cm と だけ申しあげておきましょう!
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# by yasunari_suda | 2005-09-13 18:03 | コミュニティ論
2005年 09月 13日

消費と投票。デザインツールとしても使える通貨。

9.11 の選挙が終わった。
郵政民営化が確実に実施されそうだ。

選挙は終わったけど、ぼくは、毎日が投票日だと思っている。
その投票とは、なにかを買ったり、サービスを受けた時に対価を支払う際の”消費”。
消費は、投票と同じようなものだ。
投票は、特定の候補者や政党を支持する行動。
そして、消費は、特定のメーカーやお店などを支持する行動。

だから、たとえば、ある特定の地域の街並みなどは、その地域の人の
消費=投票の動向によって、ガラリと変わってしまう。
たとえば、カフェひとつをとっても、
住人の大多数が、
大企業が経営する200円のチェーン店のコーヒーを消費=投票するような街では、
コーヒー1杯が350円のユニークな個人経営のカフェは、成り立たない。
街は、空港のショッピング・モールのような大企業のロゴだらけになっていく。
が、住人の少なくない人たちが、
個人経営のカフェの個性と雰囲気が好きで、少し値段は高いけど、
350円の手づくりのコーヒーとお店の人たちや常連さんとのおしゃべりを
楽しみに訪れ、消費=投票するような街は、洒落のある雰囲気が豊かな街になる。
その街に暮らす個人個人の日々の消費=投票が、風景を左右する。
これは、案外、大切なことなのではないかと思う。

住人の大多数が、
大企業が経営する安いマニュアル化されたサービスに走る傾向が進むと、
その地域の労働人口は、当然、大多数の「時給で働くマニュアル労働者」と
少数の「マーケティング理論を駆使する管理職」に二分化される。
それが、いわば、勝ち組ー負け組 という階級分化の正体の1つのような気がする。
ぼくは、そのどちらも非常につまらないと思う。
その2つのジャンルから自由な人種が、どんどん増えて欲しいと思う。

ぼくは、多様性と洒落が好きなので、
やはり日々の消費=投票は、多様性の宿るお店で、おこなうことにしている。
そう考える人が、増えてくると、その地域は、暮らすのが楽しい場所に
なってくる。
通貨は、個人が、住まう地域を心地よい方向にデザインする力を持つ、
デザイン・ツールにもなるんですね〜。

世の中が、前に翻訳した
『ファンキービジネス』(博報堂・刊)みたいになってきた。

経堂系ドットコム も よろしくです。
自分が暮らす街を面白くするのは、自分と気の合う仲間たちなんですね。
大変だけど、ある意味、オモシロイ時代なのかもしれません。
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# by yasunari_suda | 2005-09-13 15:05 | コメディライター旅日記