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2005年 09月 28日

トドカレー と 横浜トリエンナーレ2005

横浜トリエンナーレ2005 に10年来の友人、
米田知子さん が出展しているので、家族で横浜へ。
元町・中華街で アーティストの吉岡紳行さんと合流して、山下埠頭の先端へ。
この日は、関係者だけのオープニング。
いろいろ見て回る。
売店のクサマヤヨイのポストカードの前で
テンションをあげる娘。う〜ん。微妙。

米田さんの旦那さんのジョナサン・バーンブルックが紺色の 人民服を着て登場。


イギリス人のカレー好きの中でも彼のカレー好きは相当。
毎日カレーでもいいと豪語する。
東京のカレー屋さんは、ぼくよりも詳しい。
いつも「どこそこのカレー・チェーンは、早朝サービスで、
唐揚げトッピング無料」とか教えてくれるほど。
そこで、
ライジングサン・ロックフェスで訪れた北海道で買ってきた
「トド・カレー」をプレゼント。
sea lion curry (=海のライオン・カレー)である。
2つ買ってきたが、勇気がなくて、まだ食べていない。
まずは彼の批評を聞いてみよう。

山下埠頭を離れて、 吉岡紳行さんのナビゲーションで中華街へ。
ちょいと裏通りのオススメのお店に入る。
いい感じで薄味の中華を食べながら、いろんな話。
淋病の菌は、体温が39度以上になると死ぬので、
高熱を出すのが治療なのだとはじめて知った。
知ってどうなるというものでもないんですが。
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by yasunari_suda | 2005-09-28 20:10 | コメディライター旅日記
2005年 09月 27日

「意識の流れ」とユートピア

10月か11月には出るらしいモンティ・パイソン本の監修作業の一部として、
『モンティ・パイソンズ・フライング・サーカス』に埋め込まれた「意識の流れ」というコンセプトを踏まえながら、この奇跡のコメディが
生まれた背景や理由を考える文章を書いた。
いろいろ熟成するうちに、1万字くらいになってしまった。

文章をまとめるためのキーワードは「ユートピア」にした、というか、
そうなった。
そして、もう一つのキーワードは、「仮想(=ヴァーチャル)」である。
実は、書きはじめる前までは、英国のコメディ史を中心に書こうと考えて
いたのだが、一旦、考えはじめると、「意識の流れ」というのが、実は、
学問の現場で交わされるだけの閉じられた世界のキーワードではなく、
いま最も重要な開かれているべきキーワードの一つではないかと強烈に気づきはじめた。
2001年に博報堂から出た、私と肝臓のガンマ値が2300までいった
記録を持つ才人、中山ゆーじんさんによる翻訳本『ファンキー・ビジネス』

の中に「ネット空間は、第七の大陸である」という一文があったが、
脳科学者の茂木健一郎さん
の文章や発言にインスパイアされながら考えてみると、
「脳とネットの融合空間が第七の大陸である」というようなことだろうか。
私は学者ではないので、その道のことは素人流にしかわからないが、
ただ、
『モンティ・パイソンズ・フライング・サーカス』を「意識の流れ」という
キーワードから考えた時、「意識の流れ」ということを体現したコメディが、
仮想空間に花開いたユートピア、それも現実世界を浸食することさえある
究極のユートピアだということに、直感的に閃いてしまったのだった。
というようなことを1万字かけてまとめたのが、前述の文章だった。
10月の終わりか、11月には、本が出ると思います。
(結局、宣伝かよ!と突っ込まれるかも知れませんが)

この文章を発想できたことは、自分にとって、かなり大きなことである。
これまで、モンティ・パイソンについて色々と書いてきたけれど、
ようやく自分でも納得のいくカタチで、
モンティ・パイソンを過去から未来へとつながる歴史的文脈の中に
位置づけることができたように思う。
それは、モンティ・パイソンの重要性を前にも増して感じられるようになったことでもある。
しかし、本当に考えていることを言葉にするには、1万字でも、全く足りない。
いろんなリサーチや勉強、閃きを重ねて、一冊は書かないといけないのではないかと思う。

この文章を書く際に、いろいろな偶然が重なったのには、非常に驚いている。
仮想とユートピアの二語が組み合わさるきっかけになったのは、
趣味で運営している地元コミュニティ・サイト、経堂系ドットコムだった。
3年ほどまえからやっていたのを、この4月から23歳のアーティスト、大里圭介さんにお願いしてリニューアルした。
そして半年ほどの間、前にもましてどっぷり地元に浸かっているうちに、
なんとかカタチもできてきたわけだが、
ハイペースの取材で二年先までグルメ記事を書けるほどのネタを備蓄して
写真を撮っているうちに、ある時、「現実のみで現実を変えることは稀である」ことを
強烈に体験したのだった。世の中、スーパーマンばかりじゃない、と。
その翌日に気づいたのは、コミュニティ・サイトを本当にオモシロクするためには、
現実と仮想の混合が必要だということだった。
そして、その時に考えたことが、前述の1万字のフィニッシュにつながっている。
そして、その1万字の中に、モンティ・パイソンを生んだ60年代という時代の
「意識の流れ」的な断面を説明する文章を引用したのだが、
それが、経堂に暮らして遠藤書店で本を買い執筆した、60年代〜70年代の日本の若者にサブカルチャーのドラッグ感覚を教えた、植草甚一さんの文章だったのだ。
実は、1988年、最初に経堂に住み着いたのは、
渋谷の今はなき大盛堂書店の2階か3階の階段脇の本棚で立ち読みした
植草さんの日記に経堂のことが書いてあったからだった。
その時すでに、植草さんはお亡くなりになっていたが、
植草さんの流れるような自由な生き方と彼が暮らした経堂に引かれるように、
西荻窪の南口から引っ越した。
今回の文章を書くことをきっかけに気づいたのは、モンティ・パイソンだけではなく、
植草さん的なものに潜む「意識の流れ」的感覚であり、ユートピア感だった。
そして、その感覚は、本を読んでいるだけではじわっと感じられないもので、植草さんと実際に交流があって、いろんな話をしてくださったハスキー中川さんのおかげが大きい。
また、ハスキーさんに紹介してもらって、遠藤書店の人たちと接するようになったことも。
おそらく、見えない次元でも、情報遺伝子が身体に入ってくるなんてことがあるのだろう。
19歳の若者だった自分が植草さんに憧れて経堂に住み、
いまのような生き方を始めるきっかけになったなんてことも、
現実と仮想が交錯した故のことだと考えると、すべてのことが「意識の流れ」的であり、
つながっているのだという気がする。
こういうことを意識化できたことは、今後、仕事と私生活の両方に大きな影響を与えそうだ。
というか、もうはじまってるぞ。
10月の末までに、ぼくが関わっているweb-site が、ガラリと変わる兆しを見せます
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by yasunari_suda | 2005-09-27 11:44 | コメディライター旅日記
2005年 09月 20日

ギネスを飲みながらホロ酔いで

8月に札幌で行われたライジングサンロックフェスで、
コメディ好きの脳科学者・茂木健一郎さんと
ギネスを飲みながら好き勝手なことを喋っていました。
既成メディアやその他ふつうならタブーなことを話題に
すればするほど盛り上がる変なお仕事。
忘れていた頃に、ネット上で発見。

石狩川河口の原野に若者が6万人。
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by yasunari_suda | 2005-09-20 15:46 | コメディライター旅日記
2005年 09月 13日

経堂のニラ玉

経堂系マガジン 新しい特集です!

経堂系ドットコム

直径30cm と だけ申しあげておきましょう!
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by yasunari_suda | 2005-09-13 18:03 | コミュニティ論
2005年 09月 13日

消費と投票。デザインツールとしても使える通貨。

9.11 の選挙が終わった。
郵政民営化が確実に実施されそうだ。

選挙は終わったけど、ぼくは、毎日が投票日だと思っている。
その投票とは、なにかを買ったり、サービスを受けた時に対価を支払う際の”消費”。
消費は、投票と同じようなものだ。
投票は、特定の候補者や政党を支持する行動。
そして、消費は、特定のメーカーやお店などを支持する行動。

だから、たとえば、ある特定の地域の街並みなどは、その地域の人の
消費=投票の動向によって、ガラリと変わってしまう。
たとえば、カフェひとつをとっても、
住人の大多数が、
大企業が経営する200円のチェーン店のコーヒーを消費=投票するような街では、
コーヒー1杯が350円のユニークな個人経営のカフェは、成り立たない。
街は、空港のショッピング・モールのような大企業のロゴだらけになっていく。
が、住人の少なくない人たちが、
個人経営のカフェの個性と雰囲気が好きで、少し値段は高いけど、
350円の手づくりのコーヒーとお店の人たちや常連さんとのおしゃべりを
楽しみに訪れ、消費=投票するような街は、洒落のある雰囲気が豊かな街になる。
その街に暮らす個人個人の日々の消費=投票が、風景を左右する。
これは、案外、大切なことなのではないかと思う。

住人の大多数が、
大企業が経営する安いマニュアル化されたサービスに走る傾向が進むと、
その地域の労働人口は、当然、大多数の「時給で働くマニュアル労働者」と
少数の「マーケティング理論を駆使する管理職」に二分化される。
それが、いわば、勝ち組ー負け組 という階級分化の正体の1つのような気がする。
ぼくは、そのどちらも非常につまらないと思う。
その2つのジャンルから自由な人種が、どんどん増えて欲しいと思う。

ぼくは、多様性と洒落が好きなので、
やはり日々の消費=投票は、多様性の宿るお店で、おこなうことにしている。
そう考える人が、増えてくると、その地域は、暮らすのが楽しい場所に
なってくる。
通貨は、個人が、住まう地域を心地よい方向にデザインする力を持つ、
デザイン・ツールにもなるんですね〜。

世の中が、前に翻訳した
『ファンキービジネス』(博報堂・刊)みたいになってきた。

経堂系ドットコム も よろしくです。
自分が暮らす街を面白くするのは、自分と気の合う仲間たちなんですね。
大変だけど、ある意味、オモシロイ時代なのかもしれません。
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by yasunari_suda | 2005-09-13 15:05 | コメディライター旅日記
2005年 09月 02日

人生の大先輩をペット扱いする

1歳になったばかりの娘。
いろんな成長が著しい。
大人のマネをして、すぐに覚えてしまう。
妻がうちにいる三匹のネコに
「チッチッチュッチュッチュッ!」と、舌を鳴らすので、
娘も「チッチッチュッチュッチュッ!」と、舌を鳴らすようになった。
が、娘の脳の中には「可愛い動物だから舌を鳴らす」という
理解&お約束は、まだないらしい。
とにかく、自分よりも低い目線にいて、
動くものを見ると目で追いかけながら「チッチッチュッチュッチュッ!」とやる。
が、舌を鳴らすべきもの と 鳴らさないものの区別はあるらしい。
試しにミニカーを走らせてみたが、反応しない。
走るヌイグルミを見ても「チッチッ」と言わない。
床を走るゴキブリを見ても手を伸ばしてつかまえようとするが、舌は鳴らさない。
金魚にも同様である。
どうやら、現時点では、
自分よりも低い目線にいる動く、温血動物を見ると「チッチッチュッチュッチュッ!」とやる
という回路になっているらしい。
(カエルは、まだ試してないのですが)

昨日、自転車の前に娘を乗せて、近所の住宅街を走っていた。
すると、近所の80を越えているオバアちゃんが歩いていた。
お元気そうだが腰が曲がって小さく。
なかば地面を見ながら歩いている。
オバアちゃんの傍らを通り過ぎようとした、その瞬間。
突然、娘が「チッチッチュッチュッチュッ!」と、オバアちゃんに向かって。
「これっ!自分の80倍も生きてる人生の大先輩に向かって!」と、
思わず、軽く叫んでしまったのでした。
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by yasunari_suda | 2005-09-02 13:26 | [笑育日記]