yasunari suda's blog comedy

yscomedy.exblog.jp
ブログトップ

<   2005年 05月 ( 23 )   > この月の画像一覧


2005年 05月 25日

5/22の週

このところ、基本は、ず〜っと原稿整理。
送られてきた原稿について、
必要な場合は原稿のリライトをするが、そこで改めて確認したことは、
文章にはリズムがあり、それは指紋や声紋のように書き手によって異なるということ。
ぼくと「リズム」の近い人が書いた文章はリライトが比較的スムーズに行くが、
互いのリズムに共有部分が少ない、あるいはない人が書いた文章をリライトするのは
かなり難しい作業である。
が、そんなことをきっかけに、
この「リズムとは一体なんだろうと?」ということを興味深く考える。
知り合いのクリエイターさんに、二人で仕事部屋一部屋を借りているケースがある。
いつもは気のあう二人だが、BGMにしたい音楽が違うので、喧嘩が絶えないとか。
これも根っこが同じ問題のような気がする。
夫婦の間でもリズムの問題があるし、仕事仲間との間にも同様である。
電車に乗る際にも、「なんかこの車輛は嫌だな」と直感する場合にも、
リズムの問題が関わっているような気がする。
「リズム」は「匂い」と言い換えても良いかもしれない。
この数年、経堂界隈の店や色んな場所を観察しているのだが、
いつも気になっているのは、
集まる人の「リズム」や「匂い」の違いと傾向のことだったように思う。
まずは経堂界隈のことを徹底的に感じ考え尽くすのが面白そう。
「リズム」について考えると、人間の多様性の秘密が少しは見えてくるような気がする。

(5/22日)
ほぼ一日中事務所でした。

(5/23日)
目黒の青葉台にて打ち合わせ。
築山さんと小林さん、こちらは、デザイナーの桑島さんも。
環境系のお仕事。

(5/24日)
ほぼ一日中事務所でした。

(5/25日)
ブドリカフェでニューヨークのITベンチャー企業のYさんと打ち合わせ。
いろいろ刺激的。コンテンツビジネスの世界のこれからの激変を実感。
生ゲノム社に関して大切なのは、変化するメディアへの対応と
”コメディ”という基本をより大切にすることだと思う。
comedy ー communication ー community という3語で体現される
企業としての意志とアクションプランを7月には、ホームページ上で明確に
示そうと思う。
といって、やってることは、おバカなことなんですけどね。
まぁ、こんな”ゆる〜い”会社があってもいいんじゃないかと。

(5/26日)
朝から夜9時頃まで、ほぼ一日中事務所でした。

(5/27日)
昼過ぎ、表参道のスパイラルホール一階のカフェで、環境系のお仕事の打ち合わせ。
梶原さん、小林さんと。
事務所に戻り諸作業の後、赤坂のスタジオでMA作業に立ち会い。
千代田線ー小田急線の終電に役者の大堀こういちさんと一緒に乗車。
その後、事務所。原稿整理作業をラジオを聴きながら。

(5/28日)
午前中は、たまっていた家事。
洗濯・掃除・猫のことなどなど。
洗濯日和です。

昼過ぎに事務所へ。
朝から何も食べてなかったので、駅の方へ向かうと、放送作家の山名さんとバッタリ。
ご近所なんだなぁ〜と改めて実感。束の間の立ち話。
八昌で広島焼きを食べながら資料本を読む。
コテでお好み焼きを食べながら本を読むと非常にいい感じで情報が頭にしみ込むんです。
[PR]

by yasunari_suda | 2005-05-25 19:32 | コメディライター旅日記
2005年 05月 21日

大田尻家の一部が昭和の酒場の空気になる

朝から笑いのコラム本の原稿整理や、その他。絵コンテ・チェックなど。

北京飯店の出前をとって、夜まで事務所に立てこもる。

夜、ライターの竹本さんが、笑いのコラム本などの打ち合わせで経堂へ。

晩ご飯がまだだったので、大田尻家で打ち合わせ。

打ち合わせがひとしきり終わると、竹本さんの濃い話を聞く。
というか半分くらい演説に近い。
やっぱり団塊の世代の中の濃く・熱い人特有の濃さと熱さ。
竹本さんの半径2m以内が、昭和の新宿ゴールデン街の空気に。
そこに1970年代〜80年代生まれの若い人たちが加わって面白い図になる。
詳しくは、そのうち経堂系ドットコムに。
大田尻家の太田さんがカバー絵を描いた小説を昔オモシロク読んだことを知る。
著者は共通の知人でした。世界は狭いですね。

事務所に戻って諸作業。
[PR]

by yasunari_suda | 2005-05-21 13:18 | コミュニティ論
2005年 05月 20日

経堂に昭和の流しがいました

朝から、笑いのコラム本その他のいろんな作業。

夜、ご近所の放送作家の小林さんのナビで、
遠くは三茶から経堂までを回遊してこられる「昭和の流し」を待つ。
待つこと90分、運の良いことに、遭遇に成功。
撮影・取材を行う。
この件は、来週あたりの経堂系ドットコムの特集記事に書きます。
たまらない味のある昭和のオジサンでした。

流しのオジさんと入れ替わりに大田尻家のお二人にも遭遇。
田尻さんのスペイン語「ベサメムーチョ」を聴く。
[PR]

by yasunari_suda | 2005-05-20 13:13 | コミュニティ論
2005年 05月 19日

桜上水あたりには農家がまだ残っています

朝から笑いのコラム本の原稿整理作業。

昼間、浅草の創吉から新しく開店するBARのグラスが到着。

夕方、頭が煮詰まってきた時、ご近所の高萩くんから電話。
ちょっと散歩をすることに、経堂から桜上水の農家がまだ残っている辺りを
抜けて下高井戸へ経由で経堂に戻る。
大田尻家で食事をして、事務所へ。

原稿整理作業など。
[PR]

by yasunari_suda | 2005-05-19 12:52 | コメディライター旅日記
2005年 05月 18日

ストリップ劇場跡のカフェ

ライターの鈴木さんと渋谷のトーキョーサロナードカフェ:ダブで
笑いのコラム本の打ち合わせ。
鈴木さんの圧倒的な知識量と情報量に興奮しながらの楽しい時間。

鈴木さんオススメのこのカフェも非常にユニーク。
元はストリップ劇場だったのを改装してカフェにしたもの。
板張りの舞台は今はカウンターや厨房に、
客席だったところにテーブルが置かれている。
チケットのモギリやストリッパーのおねえさんたちの控え室も
内装以外はそのまんま。
ものすごく昭和を感じさせる刺激的な場所でした。

その後、事務所に戻って、ラジオを聴きながら原稿整理作業など。
[PR]

by yasunari_suda | 2005-05-18 12:42 | コメディライター旅日記
2005年 05月 17日

お笑いは HIP HOP と同じだとDJ RYU が言っていた

早朝からあれやこれや資料をこねくりまわしながら笑いのコラム本の作業。

作業をしながら、先週のいつだか忘れたけど深夜、
J-WAVE の SOUL TRAIN で、
「お笑いは HIP HOP と同じだ」とDJ RYU が言っていたのを思い出した。
その視点は面白い。

英語圏のコメディは、70年代から、
「comedy = new rock'n roll」という捉え方がされるようになっていた。
厳密にいうと、
「new comedy = new rock'n roll」ということなのだが、
60年代以降、
保守的な既成の世の中に対して違和感を抱く若者を中心とした人たちの
ユニークな生き方を肯定する「心(=脳)のクスリ」として広まったロックが、
70年代以降、
英国のモンティ・パイソンの出現や、
その影響を受けてローン・マイケルズが立ち上げた
アメリカのサタデー・ナイト・ライブなどの盛り上がりの中で、
コメディもロックのように
ユニークな生き方を肯定する「心(=脳)のクスリ」となったわけです。
サタデー・ナイト・ライブで有名に鳴ったブルース・ブラザースの
ジョン・ベルーシが、その一昔前のジミー・ヘンドリックスやジム・モリソンや
ジャニス・ジョップリンと同じようにクスリ浸けになった挙句の果てに夭折したのは、
「new comedy = new rock'n roll」の一面を語る象徴的な出来事でした。

日本の今のお笑いが、イコール”コメディ”であるかは別として、
ポップの文脈で音楽とコメディを同列に語るのは、当然なことなんだけど、
もっとそういう認識が広まると面白いなと思いました。
でも、そんな風に思うなんて、ということは、スネークマンショーは、
やはり栄光のアンダーグラウンド・カルチャーなんでしょうか。

1999年、モンティ・パイソンが30周年を迎えた時、
英国の老舗テレビ・ガイド誌『Radio Times』が、パイソン特集の見出しに
「カルト・コメディだったパイソンが、英国国歌のような存在になった」という
意味のコピーを選んでいた。
ということは、コメディに関する英国の特殊性は、
「カルト・コメディだったスネークマンショーが、君が代のような存在になった」
というコピーが、
日本のメジャーな新聞や雑誌の特集ページに踊ることの特殊性のような
ものだと想像すると良いのかも知れないなどと考えながら、本の作業。

夜11時過ぎ、放送作家の山名さんと経堂のリューゲで夕食。
いつものように、いろんな話で盛り上がる。
経堂の話・海外コメディの話・深い話・浅い話などなど。

事務所に戻って、笑いのコラム本の作業の残り。
[PR]

by yasunari_suda | 2005-05-17 17:08 | コメディライター旅日記
2005年 05月 17日

猫が慣れてきた

うちの家では、たまに猫の里親募集ボランティアに協力している。
捨てられた子猫の里親が見つかるまで、うちの猫と一緒にあずかるのだ。

子猫の中には、人間にイタズラされて、人間に警戒心を抱き続ける子がいる。
そういった子は、里親が見つかっても、新しく飼われた家で、物陰に隠れて
出てこなくなったりして、結局、飼ってもらえなくなって戻ってきたりする。

うちのララちゃんは、一年半ほど前、まだ赤ちゃんの時にやってきたが、
前述のような理由なのか、
人間に対する警戒心が強く、里親が決まってもすぐ戻ってくる猫だった。
そうこうするうちに、うちの妻には心を少し開いていたこともあり。
うちで、そのままあづかりことに、そしていつのまにか、うちの猫になっていた。
だんだん、うちの家族への距離が縮まってきて。
とうとう、最近、抱っこもOKになってきた。
よかった。
a0012134_2247555.jpg

[PR]

by yasunari_suda | 2005-05-17 05:45 | コメディライター旅日記
2005年 05月 16日

フルーツにお邪魔

早朝から気合いを入れて笑いのコラム本の作業。

昼過ぎに梅ヶ丘に住むデザイナーの宮坂淳さんの事務所へ。
生ゲノム社の番組収録です。
いろいろ良いコメントをいただく。
ありがとうございました!

宮坂さんには、新宿ゴールデン街に出店するバーの
プロジェクトでお世話になりっぱなしです。

夕方、事務所に戻り、気合いを入れて笑いのコラム本の作業。

夜、子供のお風呂タイムに帰宅して入浴。頭も洗う。

その後、事務所に戻り、気合いを入れて笑いのコラム本の作業。

深夜近く、撮影を終えた演出のふっしーと遅い夕食&打ち合わせat大田尻家。
音楽関係の方々が多いようで、楽しそうな雰囲気のカウンター。
音楽もすごくいい感じ。
かなり面白いWEB企画ができあがる。

その後、事務所に戻り、気合いを入れて笑いのコラム本の作業。
[PR]

by yasunari_suda | 2005-05-16 22:37 | コメディライター旅日記
2005年 05月 15日

浅草にグラスの買い出し


今度オープンする新宿ゴールデン街のお店のグラス類を買い出しに
ボスの妻と子供と家族3人で浅草の「創吉」へ。
妻がグラスっを選んでいる間、子供を乗せた乳母車をガラガラ鳴らしながら
浅草を散歩。日曜日なのでけっこうな人出。
仲店通りから一本東側にある手ぬぐいの店「ふじや」に行く。
昨年末から忙しく「えいや!」と浅草に行く暇がなかったので、
毎年買っている「暦」の手ぬぐいを入手しそびれていたのだ。
もう売り切れかな〜と思っていたら、倉庫から出してきてくださった。
よかった〜。そして、浅草をうろうろ。
世田谷・松原に本店があるスーパー・オオゼキが雷門の斜向かいに
出店していてビックリする。
スターバックスin浅草やマクドナルドin浅草とは微妙に異なる不思議な違和感。

いまでこそ山手と言われるものの、
30 〜40 年前までは単なる田舎だった世田谷発祥のスーパーが、
(もともとの山手は、いまの文京区など、山手線の内側にあった)
下町の中心地の1つ浅草に進出している光景の裏側には、
なにかそれなりの物語があるんじゃないかと思ったりしているのは、
まあぼくの癖みたいなものですが。
話はそれますが、下町と世田谷には、戦前から意外な人の交流があります。
その大きな流れの1つは、1923年の関東大震災の時、
被災して焼けだされた人の多くが、畑だらけで土地の余っていた世田谷に
移り住んできたそうです。
その名残は、千歳烏山や三軒茶屋、世田谷ではありませんが、武蔵小山あたりを
少し観察すれば、濃く残っているのがわかります。
元は畑のあぜ道だったような狭くて曲がりくねった道に何の区画整理もしないまま
小さな一軒家がひしめきあうように建っている一角は、世田谷にたくさんあります。
それらの多くは、関東大震災をきっかけに人が住むようになった土地だそうです。
もちろん経堂と関東大震災の関係も薄くはありません。
もう1つは、第二次世界大戦です。
連合軍のカーティス・ルメイ将軍による「絨毯爆撃」によって焼け野原と化した
下町を逃げ出して、畑だらけの田舎だった世田谷に住処と食糧を求めて
やってきた人々は、結構いたようです。
そして、その頃の経堂も、一部を除くと、風景も人も都市化されていない田舎でした。
実は、その辺りの情報を数年前から集め続けています。
いわば、世田谷の経堂を舞台にした民族大移動物語ですね。
ちなみに明治維新をきっかけに薩摩や長州から移動してきた人の流れも
経堂にはあったりします。

そんなことを考えながら、東京大空襲では凄惨な大量殺戮の現場となった
本所吾妻橋を乳母車を押しながら渡る。五月の風が気持ちいい。

子守り散歩をしている間に、いいグラスが見つかったので、蕎麦を食って、
経堂に戻る。子供のお風呂を手伝って、事務所へ。
契約書の作成やら笑いのコラム本の編集やらをする。
終わり間際のすずらん通りの塩原湯に滑り込みセーフ。
ラジウム温泉でひたすら半身浴を行い、体中の毛穴から疲れを出す。
大田尻家でビールを飲み、カウンターで楽しいおしゃべりをして帰宅。
久しぶりに、7時間連続の熟睡。
子供に起こされてお乳をあげている妻には悪いと夢の中で思いながらも
体も意識もどすんと深く眠りの中にいる。
ラジウム温泉と大田尻家パワーの効用に違いない。
[PR]

by yasunari_suda | 2005-05-15 21:01 | コメディライター旅日記
2005年 05月 14日

5人の若いクリエイターに会う

我が社・大日本生ゲノムが作っているデジタル・クリエイター系の番組の取材で、
午前11時から才気あふれるクリエイターたちに会い続ける。

まずは、新宿御苑前から徒歩5分の有限会社ワイルドグースに勤務する
CGクリエイター八木秀和さん。

夕方、経堂の生ゲノム事務所に場所を移し、
アニメーション作家の大野有紀子さん。

続いて、アーティストの吉岡紳行さん。

夜19時から、本当に若いCG作家さん、映像作家さん二名。

刺激的な話をたくさん聞けた一日でした。
詳細は、生ゲノム の番組web-site にて、また報告します。

夜、子供の入浴を手伝って、その後、番組スタッフと食事。
事務所に戻り、笑いのコラム本作業。
[PR]

by yasunari_suda | 2005-05-14 18:34 | コメディライター旅日記